【ネタバレ有】『儚い羊たちの祝宴』を読んだ

冬季限定はまだか!!!?!?!!???!(大声)

 

米澤穂信著 『儚い羊たちの祝宴』を読んだ。

 

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実のところこの本は購入してからしばらく読めていなかった。ブックカバーからして引っ越す前に購入しているので多分2年くらい読んでいないと思う。
子供の頃は結構毎日本を読んでいたんだけどもうだいぶ本自体に触れていなくて、ちょっとやばいな〜〜と思っていたので本をちらほら購入していた。購入してなんとなく読み始められなくてそのままになっていた。そのうちの1冊であった。
色々あって時間ができたのでようやっと読んだ。

ものすごく面白かった。
私が米澤穂信作品に期待しているのは読者に対する裏切りといつまでも残る読後のしこりなんだけど、もう期待通りで間違いねえなって感じだった。
小市民シリーズはハッピーエンドで収まるといいなと思っているけど、それ以外の著者の作品を読むときは無慈悲さを感じさせてほしいと思っているので、これは大正解だった。

 

短編5作からなる本で、それぞれが少しずつ繋がっている。

 

身内に不幸がありまして

名家の娘・吹子とそのお付きの少女・夕日の話で、夕日の手記から始まる一遍。
普通に読んでもめちゃくちゃおもしろかったしちゃんと作中で説明があるんだけど、有名な著作のタイトルや作者名がたくさん出てくるので読んだことがあるともっと楽しいんだと思う。ちゃんと登場する作品にも意味があるし、それを知っている状態で読むと話の中の説得力と解像度が違うんだろうな〜〜と思う。私は読んだことないものばかりだったのでこれから読む。
最初は夕日から見た吹子が描かれていくので、途中でフィルターがかかっていたと気付かされて沸いた。夕日の手記ではあるが結局のところこの話は吹子の話なのである。持っていた吹子のイメージがあくまで夕日から見た吹子であることを全然感じさせなくて気持ちよく裏切られた。

 

北の館の罪人

母をなくした少女・あまりが、母の遺言に従って名家の六綱家を訪ね、そこで生活していく話。
あまりの語りはシンプルで感情が見えづらく、冷静で冷たい印象を受けた。対してあまりが世話をすることになった六綱家の長男(世間的には死んだことになっている)早太郎はあまりにも弟で当主の光次にも好意的に接しているように見える。早太郎がやせ細っていく表現から食事の中に毒が入っているだろうことは予想がついたが、それを入れていたのは光次だと思っていたので驚いた。あまりの静かな語り口で激情を表すのは衝撃だった。
早太郎は本当のあまりのことに途中で気づいたのだろう。

「殺人者は赤い手をしている。しかし彼らは手袋をしている。こいつは光次が言ったことだがね。(後略)」

上記のセリフを考えると気づいてからあまりの絵を描いたと思われる。わかっていながら毒のはいった食事を続けていたわけだ。
あまりの名前が「あまり」であることも非情だなあと思った。早太郎、光次、詠子で1、2、4だから間違いなくあまりが3人目なんだろうけど、でも「余り」なのである。

 

山荘秘聞

雇われていた名家が没落したため別の家に雇われた使用人・守子が、別荘の管理を任される話。
この話がこの本の中で2番めに嫌な感じになった。一人雪山で黙々と別荘を守り続け、いつでも誰が来てもいいように準備していた守子が、自分と別荘のために暴走していく様はえも言われぬ不快感が胸にあってとても良かった。
山で滑落した山岳部の大学生を助け、大学生を探しに来た集団を受け入れたときに救助済みと伝えなかった時点でこのひとの本当の目的が見えてしまって、その後はずっと嬉しくない答え合わせをしている気分だった。最高の不快感である……。

 

玉野五十鈴の誉れ

家から開放されようともがく名家の一人娘・純香と、お付きの少女・五十鈴の話。
私はこの話が一番好きだ。いい終わりかどうかはなんとも言えないが、あの日々は嘘じゃなかったと感じられるのがとてもよかった。
五十鈴は純香の祖母に命じられた「純香の使用人」、純香の父から頼まれた「純香の本当の意味での味方」、純香から言われた「仲良くしてくださいね」を忠実に守っていく。家に雇われているので、家の命令に忠実だ。家から追放された人の命令を守ることはない。飼い殺される純香の命令を聞くことはできない。
五十鈴の本当のところはわからない。本当は何があったのか推測でしか語られない。それでも純香が救われ、嫌な奴として描かれ続けた純香の祖母が最後まで間違いなく嫌な奴だったのがとてもよかった(これは個人的な話なんだけど、悪役に実はこんなかわいそうな過去があってそれが原因でこんなふうになってしまったのだ的な話が苦手である。悪役にはとことん悪であってほしいし、主人公にも後ろ暗いことがある方がすき)。

 

儚い羊たちの晩餐

4編の短編に登場していた「バベルの会」について、バベルの会から除名された鞠絵の日記を通して語られる話。
鞠絵は成金の家の娘で、父は祖父の遺産で金持ちになったせいで使い方があんまり上手でなく、祖父の代から料理を頼んでいた人をクビにして新しく厨娘を雇う。厨娘の料理にとても金がかかること、そしてそれは素材の本当によい部分だけを調理してほかを捨ててしまうためだということが後々わかる。
プライドの高い成金の父にめちゃくちゃいらいらするし、娘の鞠絵が特に意見したり上手に父を促したりしないのもげんなりする。鞠絵がバベルの会に入れないのも、成金であることが遠因だと思う。すでにここでだいぶ「おいおい」って感じなのに、最後に厨娘に依頼した食材がまた悪趣味だし、まあ最終的にはそうなるよなと思ったら本当に良い部分が明かされた瞬間に最悪の気分になった。本当に最悪。脱力してしまった。
私はこの話が一番げんなりした。そしてこの話が一番最後の話なのがまた更に最悪を極めていて最高だなと思った。後味が悪いまま、この日記もとい物語が名もない主人公によって読まれることでバベルの会が復活して、復活したところでこの『物語』が終わっているのが居心地が悪くてすごくよかった。

 

冬季限定を待ちながら作中に出た他作品を読もうと思います。